【韓国】韓国の「アリラン」はチベットの「アリヨ」からきた?[09/11]
韓国'アリラン'はチベット'アリヨ'からきた?
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【ソウル=ニューシス】ユン・ソヒの音楽と旅行(15)筆者のチベット音楽に対する研究に多くの助けをくれた拉薩(ラサ)大学のケチ教授は「韓国のアリランの元祖がチベットにある」とした。正しくその間「アリラン」の起源に対する無数の主張と説があったが、まだそのどれもこれといった確信を与えることがない実情だったので、彼の話に乗り気になった。説明はすなわちこうだった。チベット吐蕃の最後の王のおじいさんは転輪聖王(てんりんじょうおう)というほど仏教の伝播に絶対的な力を行使した。この時、チベットの土俗宗教であるポン教の抵抗があまりにも大きかったのかと仏教を拒否する官僚や地方の住持がいれば首を切りながらも教勢を拡大していった。しかし何でも過ぎれば災いをよぶもの。父王の行き過ぎた仏教中興政策で王権と国家経済が寺院に振り回されることになるとすぐに彼の息子ランダマ(Rangdama)王がついに仏教弾圧政策を展開することになった。そうして寺院を封じ込めて僧侶を殺すことさえする事態が起きたのだ。すぐにこの時、護法の使命感に燃えた「ランモ」という人が黒い帽子と黒布を使って暗闇に体を隠したまま王に向かって弓を撃った。その矢に当たってランダマ王が死ぬことになり、以後、強大な宗教圏に対抗する王室が没落してランダマはチベット王政の最後の王になったが、この時がAD890年代頃だ。以後、長い歳月の間チベットは無政府状態を維持したが、モンゴルの侵入を受けて元国の王室と手を握りながら神政一致のダライ・ラマ体制が確立された。以後、チベットは仏教の勢力がより一層大きくなっていき、仏教を弾圧した王を撃って殺したランモは護法神に昇華されて今でもチベット寺院で祭りをするときはランモの踊りを踊る。この踊りは当時、闇に体を隠すために黒い帽子をかぶって黒布をまいた姿そのままに踊るので「シャナクの舞」と呼ぶ。「シャ」はチベット語で「帽子」、「ナク」は「黒い色」を意味するので「黒い帽子の舞」あるいは「黒帽舞」という名前で呼ばれる。闇の中に体を隠すために使ったランモの黒い帽子は今や仏教を守護する護法の象徴物になった。毛皮で装飾された縁は霊的世界である無色界を現わして、覆いの部分は禅定の世界を、覆いの上の部分の装身具たちは人間と天上の存在たちの欲望の世界、すなわち欲界を現わす。また、帽子の装身具たちはタントリカ(密教修行者)らが漸次的な遂行の進歩を成し遂げていくのを形象化する護法の曼荼羅になったのだ。チベットだけでなく北インド・ネパール・ブータン・中国一帯にチベット仏教寺院がある所であれば僧の議式とラマ・ダンシングを行う。この儀式は各地域と宗派と寺院の伝統により儀礼手続きと踊りの構成要素に多少差があり黒い帽子も若干ずつの差はあるがシャナクの舞が抜け落ちた所はない。したがってシャナクの舞がなければ「真の」意識が違うという程、ランモの踊りはチベットのラマ・ダンシングの最も重要な要素になった。(>>2以降につづく)ソース:ニューシス(韓国語)記事登録日時[2010-09-1108:21:00]
ttp://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20100908_0006127182&cID=10413&pID=10400
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ttp://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1284175320/
もし、あなたが人に信頼されたいならば、それはまず、
あなたがその人を信用しなければ叶えられない。。
と私は思っています。何だかんだいっても結局人間は他の人間の
おかげで生きてるんですよ、誰だって、どんな偉い人間だってそうです。
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